🐶明治時代、犬は「カメ」と呼ばれていた?

犬と亀

“聞き間違い”から生まれた、不思議な言葉の歴史

明治時代の日本では、犬のことを「カメ」と呼ぶことがあった――。

なんて聞くと、多くの人が「え、カメってあの亀?」と驚くでしょう。
しかしこれは都市伝説などではなく、文献にしっかり残っている歴史的な事実なんです。

国立国語研究所の解説によれば、明治3〜9年に刊行された仮名垣魯文『西洋道中膝栗毛』には、次のような一節があります。

「異人館の洋犬(かめ)までが尻尾をさげる」

つまり、「カメ」とは洋犬(西洋犬)を指す言葉として実際に使われていたのです。

では、なぜ犬が「カメ」と呼ばれるようになったのでしょうか?
この記事では、その理由と背景を詳しく解説していきます。

西洋貴族と共に立つグレートデン2頭

目次

  1. 文献に残る「カメ」の記録:『西洋道中膝栗毛』より
  2. 語源は「Come here!」の聞き間違い説が最有力
  3. 「カメ」は日本犬ではなく洋犬を指す呼び名だった
  4. 開港地で生まれたピジン英語文化と「カメ」の関係
  5. 「カメ」と「カメヤ」――聞き間違いが生んだ二つの呼称
  6. なぜ「カメ」という呼び名は消えていったのか
  7. ミニ知識:明治時代の犬文化と社会背景
  8. まとめ:聞き間違いが生んだ、明治の変わった犬文化

「カメ」の語源は「Come here!」の聞き間違い

語源については複数の説がありますが、最も信頼性が高いのは、石井研堂『明治事物起原』に記された次の説明です。

西洋人が犬を呼ぶときに「Come, come(カム、カム)」と言うのを日本人が「カメ」と聞き間違えた

この説は国立国語研究所や英語教育の専門家も紹介しており、「カメ」は英語の聞き間違いから生まれた言葉であることが分かっています。

さらに、英語検定協会の解説では、「Come here!」 が日本人の耳には「カメヤ」「カメァ」と聞こえた可能性が高いと説明されています。

そのため、当時の日本人は

  • 「カメ」= 犬の名前
  • 「や」= 呼びかけの「や」

と誤解し、”洋犬=カメ”という呼び名が広まったと考えられています。

「カメ」は日本犬ではなく「洋犬」を指す言葉だった

ここが重要なポイントです。

”「カメ」は日本犬の呼び名ではな

「カメ」と呼ばれていたのは西洋人が連れてきた洋犬であり、柴犬や秋田犬などの日本犬を指す言葉ではありません。
明治初期の横浜などの開港地では、西洋人の生活や言葉・連れている洋犬が日本人にとって非常に新鮮で、その中で生まれた“誤解”が言葉として定着したのです。

明治の開港地で生まれた新たな文化

明治の横浜は、開港によって急速に国際都市へと変化しました。
1879年当時の横浜には、商人、船舶所有者、古物商人、競売関係者、競馬用厩舎の所有者、宣教師など、実に多様な外国人が滞在していたことが文献に記録されています。
こうした外国人と日本人が日常的に接触する環境が、横浜独自の言語文化を生み出す土壌となりました。

その中で生まれたのが、日本語と英語が入り混じる”横浜ピジン日本語”。
日本語話者と英語話者が、互いに通じる最低限の言語を作り上げた結果生まれ、即席のコミュニケーション言語として機能していました。

このような複数の言語が混ざり合う環境では、

  • 英語の音を日本人が日本語的に聞き取る
  • 日本語の音を外国人が英語的に聞き取る
  • 互いの言語構造を簡略化して使う

といった現象が日常的に起こりやすくなります。

そのため、「Come here!」 → 「カメ」のような音の取り違えが生まれる土壌が十分にあったと考えられます。

では、なぜこの言葉は消えてしまったのか?

「カメ」という呼び名は、明治初期の開港地を中心に使われた一時的な言葉でした。

理由としては、

  • 洋犬がまだ珍しかった時代の限定的な文化
    明治初期、日本人にとって洋犬そのものが非常に珍しく、外国人居留地でしか見られませんでした。
    このように、異文化との接触が急激に増えた明治初期という特殊な状況の中で生まれたのが「カメ」という言語であり、文化が落ち着くにつれて使われなくなったと考えられます。
  • 英語の普及とともに誤解が解消された
    明治中期以降、英語教育が制度化され、英語の音声への理解が広がりました。
    その結果、聞き間違いに由来する「カメ」という呼び名は自然と使われなくなっていきました。
  • 「洋犬」という語が一般化し、役割を失った
    明治後期になると、新聞・雑誌・文学作品で「洋犬」「西洋犬」という語が定着しました。
    より正確で広く通じる呼称が普及したことで、「カメ」という俗称は役割を失い、言語として定着しませんでした。

以上の理由から、「カメ」は明治初期の一時期にだけ存在した、非常に珍しい犬の呼び名なのです。

【ミニ知識】明治時代の犬文化

せっかくなので、明治期の犬文化の小ネタを紹介します。

① 洋犬の輸入が増えたのは明治以降

明治期の日本人にとって、洋犬はまさに“文明開化の象徴”でした。
幕末から明治にかけて外国人が来日し、彼らが連れてきた洋犬の姿は日本人に大きな衝撃を与えています。

それまでの日本犬とはまったく異なる、

  • 手入れされた美しい毛並み
  • 垂れた耳
  • 家の中で人と一緒に暮らす生活スタイル
  • 飼い主と並んで散歩する姿

といった光景は、当時の日本では考えられないもので、まさに“異文化そのもの”でした。

開港地である横浜や神戸では、外国人居留者が連れてきた洋犬が街を歩く姿は、日本人の目に非常に新鮮に映っていたことでしょう。

当時の洋犬は非常に高価で、主に富裕層が飼う“ステータスシンボル”として扱われていました。
一般庶民にはまだ手が届かない存在でしたが、上流階級の間で洋犬が流行したことで、街中でも洋犬を見かける機会が徐々に増えていったとされています。

② 犬の登録制度(犬籍簿)は明治期に始まった

明治時代には狂犬病が社会問題となり、その対策として、飼い犬と野犬を区別するための制度が整えられ始めました。

  • 明治期、狂犬病の流行により犬の管理が強化された
  • 飼い犬は首輪をつけ、鎖でつなぐことが義務化されていった
  • これが後の犬籍簿(犬の登録制度)の原型となった

江戸時代までは犬はほぼ放し飼いで、「人間社会の周辺で生活する存在」だったことが記録されています。

しかし明治になると、

  • 狂犬病対策
  • 都市衛生の改善
  • 外国人居留地の安全確保

などの理由から、犬を管理する制度が初めて整備され始めたのです。

③ 「ポチ」という名前が広まったのも明治

「ポチ」という犬の名前にはいくつかの語源説がありますが、もっとも広く知られているのがフランス語 petit(プチ=小さい)に由来するという説です。

明治期は洋犬ブームの到来とともに、洋風の名前が流行した時代でもありました。
文学作品にも「ポチ」という名前の犬が登場し、次第に一般の家庭にも浸透していきます。

文明開化によって、西洋の文化・生活様式・言葉が一気に日本へ流れ込んだ明治時代。
その中で、

  • 小さくてかわいらしい響き
  • 呼びやすく覚えやすい
  • どこか新しくて洋風の雰囲気がある

といった理由から、「ポチ」という名前は多くの人に親しまれ、広く使われるようになったと考えられています。

まとめ:聞き間違いが生んだ、明治の変わった犬文化

  • 明治時代、犬を「カメ」と呼ぶことがあった
  • それは洋犬(西洋犬)を指す言葉
  • 語源は 「Come here!」 の聞き間違い
  • 「カメ」「カメヤ」という表記が文献に残る
  • 開港地のピジン日本語文化の中で生まれた言葉
  • 現代ではほぼ使われない“消えた呼び名”

言葉は時代とともに変わり、ときに“聞き間違い”から新しい言葉が生まれることもあります。
「カメ」という犬の呼び名は、明治という激動の時代に生まれた、日本語史の中でも特に変わったおもしろいエピソードなんです!