🐶犬のしつけの変化――リーダー論からポジティブトレーニングへ、進化する人と犬の関係
犬との暮らしに欠かせない「しつけ」。
その方法は、時代とともに大きく変化してきました。
かつては「飼い主がリーダーとして犬を従わせる」ことが重視されていましたが、今では「ほめて育てる」信頼ベースのしつけが主流となっています。
なぜ、犬のしつけに対する考え方は、ここまで大きく変化したのでしょうか。

第1章:かつての主流「リーダー論」とは何だったのか?
1-1. リーダー論の起源と背景
「リーダー論」とは、犬を群れで生活する動物と捉え、飼い主がその群れの“リーダー”=“アルファ”として振る舞うことで、犬に服従を促すという考え方です。
この理論は、1940年代にスイスの動物学者ルドルフ・シェンクルが飼育下のオオカミを観察した結果に基づいて提唱された「アルファ理論」が元になっています。
しかしこの研究は、野生の群れではなく、他所から集められたオオカミを人工的な環境で飼育したものであり、自然な群れの行動とは異なるものでした。
1-2. 軍用犬・警察犬訓練への影響
20世紀初頭、ドイツのコンラート・モスト大佐が軍用犬や警察犬の訓練に「支配的手法」を導入しました。
これは、効率重視で服従を強制する方法であり、脱落した犬は処分されるという厳しい現実がありました。
この手法が家庭犬のしつけにも流用され、「犬にナメられてはいけない」「飼い主がボスになるべき」といった考え方が広まりました。

第2章:リーダー論の限界と誤解
2-1. 上下関係という誤った前提
リーダー論は、「犬は上下関係を理解する」「強い者に従う本能がある」という前提に立っています。
しかし、犬には人間のような“上下関係”の概念は存在しないことが、行動学的に明らかになっています。
2-2. 恐怖による服従の副作用
リーダー論に基づくしつけでは、罰や威圧によって犬を従わせる場面が多く見られます。
これにより、以下のような副作用が報告されています:
- 飼い主に対する恐怖心の形成
- 攻撃性や問題行動の悪化
- 信頼関係の崩壊

第3章:現代のしつけ「ほめるしつけ」への転換
3-1. ポジティブ・リインフォースメントとは?
現在主流となっているのが、ポジティブ・リインフォースメント(正の強化)です。
これは、犬が望ましい行動をしたときに「報酬(おやつ・声かけ・遊び)」を与えることで、その行動を強化する方法です。
この手法は、動物行動学・心理学に基づいた科学的アプローチであり、罰を用いずに犬の学習を促します。
3-2. クリッカートレーニングの活用
クリッカーという音の出る道具を使って、犬の行動を瞬時にマークし、報酬と結びつける方法も広く使われています。
この方法は、タイミングの正確さと一貫性が求められるため、効果的な学習が可能です。

第4章:しつけの目的と人と犬の関係性の変化
4-1. 支配から信頼へ
かつてのしつけは「支配」が目的でしたが、現在では「信頼関係の構築」が重視されています。
犬は人間の感情を読み取る能力が高く、共感的な関係性の中でこそ、安定した行動が育まれるのです。
4-2. 犬の感情とストレスへの配慮
現代のしつけでは、犬の「ストレスサイン」や「ボディランゲージ」を読み取ることが重要視されています。
- しっぽの動き
- 耳の位置
- 目線や口元の緊張
これらを理解することで、犬の不安や緊張を早期に察知し、適切な対応が可能になります。

第5章:リーダー論は完全に否定された?
5-1. 一部のトレーナーによる再評価
一部のドッグトレーナーは、「リーダー論の一部には有用な側面もある」と主張しています。
たとえば、飼い主が“管理者”としての役割を果たすことは必要であり、犬に安心感を与えるという意味では“リーダー的存在”が求められる場面もあります。
ただし、これは「力で支配する」という意味ではなく、環境を整え、ルールを教え、守ってあげる存在としてのリーダー像です。

第6章:しつけの実践例と変化の実感
6-1. 昔のしつけ例(リーダー論)
- 犬が吠えたら叱る
- 飼い主の前を歩かせない
- 食事は飼い主が先に食べる
これらは「上下関係を教えるため」とされていましたが、犬の理解力や感情を無視した一方的な手法でした。
6-2. 現代のしつけ例(ほめるしつけ)
- 吠えなかったらすぐに褒める
- 飼い主の指示に従ったら報酬を与える
- 落ち着いているときに声をかける
これにより、犬は自発的に望ましい行動を選ぶようになり、ストレスも軽減されます。

第7章:しつけの未来と飼い主の役割
7-1. 多様性への対応
犬種や個体差によって、しつけの方法は変わるべきです。
今後は、個別対応型のしつけ=“オーダーメイドトレーニング”が主流になると予想されます。
7-2. 飼い主の学びと成長
しつけは犬だけでなく、飼い主自身の理解と成長が不可欠です。
犬の行動を“問題”と捉えるのではなく、“コミュニケーションのサイン”として受け止める姿勢が求められます。

まとめ:犬のしつけは「関係性の質」がすべて
昔のしつけは「力による支配」だったものが、今のしつけは「信頼による協調」へと進化しました。
この変化は、犬の福祉だけでなく、人と犬が共に生きる社会の成熟を象徴するものです。
これから犬を迎える方も、すでに一緒に暮らしている方も、「しつけ=関係性を育てること」と捉えて、より豊かな時間を過ごしていきましょう。


